床屋さんへちょっと(山本幸久、集英社文庫)

働く男とその家族の歴史を描いた連作長編です。
主人公の宍倉勲は製菓会社の2代目でしたが、会社を潰してしまった経歴の持ち主。70歳になった薫が墓地を見学に行く「梳き鋏」から社長時代のエピソード「万能ナイフ」まで時代をさかのぼりながら彼の人生が描かれます。薫は至って普通の人で劇的なエピソードはありません。でもその誠実な働き方と時折見せる天然的なユーモアに読んでいて気持ちがいいのです。
そして最終話「床屋さんへちょっと」にはちょっとした仕掛けがあります。その意外な展開に読み始めてかなり驚きました。意外な展開ですが、これまでの短編のエピソードに描かれてきた薫の人生が集約されていていい話でした。
題名にもなっている「床屋さん」ですが、床屋は誰でも行きますしそこはリラックスできる場所です。その床屋の安心感と家族(家庭)の安心感には共通するものがある気がします。各エピソードに床屋が登場するのはそういう意味もあるのかなと思いました。

作者の山本さんは普通に頑張っている人を描くのが本当に上手いです。どの作品の登場人物も普通なのですが、どれも気持ちの良い普通の人でどの作品も読後感が良いんですよね。私が今注目している作家さんなのです。